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Fitz-Hugh-Curtis症候群(フィッツ・ヒュー・カーティス症候群)

本題に入る前に、まずは、前回のブログに記載した夢のカード”神童那須川天心VSモンスター井上尚弥”をいつか実現できるといいな、と軽々しく述べてしまった点について、謝罪します。大橋ジムのトレーナーである、元WBA、WBC、IBF三階級制覇を達成した八重樫 東氏が、”いくら天心選手がキックボクシング無敗のチャンピオンだからと言って、まだボクシングの試合実績が無いのにうちの井上と世界戦なんて、あり得ない。彼(天心)のためにも、そういうこと
を簡単に言う前に一歩一歩天心選手には成長してほしい”と言ってましたね。ほんと、その通りだなと。現在世界のプロボクシングの選手の中で一番強い称号(パウンドフォーパウンド1位)を獲得した井上選手に対して、簡単に天心VS井上を語ることは失礼な話ですよね。あ、実は八重樫 東氏は私と同郷の岩手県北上市出身で、私の母校北上市立北上中学校の後輩に当たります。なので、同窓生である彼の言うことを支持します。軽率な発言をしてしまい、大変失礼しました。でも、やっぱり見たいですね、夢のカード。世界戦まで最短記録5戦目で達成した田中恒成選手を上回る破竹の勢いで天心選手が勝ち続けていき、日本人最速の4戦目、いや3戦目で世界戦ということが起こり得れば、両選手の夢のカードはここ数年で実現するかもしれませんね。
では、本題に戻ります。
泌尿器科には男性が多く来院されますが、我がクリニックは予想に反して、女性の比率がやっぱり高いです。
先日右側腹部痛で来院された女性。1か月前から不正出血あり、婦人科で精査をしたが、生理の血が溜まっていて排出されにくくなっているためだとのことで、右側腹部痛とは関連が無いからと、泌尿器科に行く様指示され、当院に来られたそうです。婦人科では女性生殖器は確かに骨盤内に留まっていますから、右側腹部痛となると、婦人科疾患よりも泌尿器科疾患で代表的な尿管結石を疑ったのだと思います。
初診時の理学的所見上では、確かに右側腹部に叩打痛あり。腹部全体は弾性軟で、筋性防御なし。よって、腹膜刺激症状はなしと判断しました。尿路エコー上左腎異常なし、右腎異常なし(いわゆる水腎症や腎盂拡張なし)、膀胱内異常所見なし。また、腹部レントゲン所見でも結石陰影なし。尿沈渣上赤血球10-20/hpf、白血球1-4/hpfと血尿ありかと思いきや、のちに不正出血によるcontaminationと判明。レントゲンでも陰性結石がありうるのと、やはり痛み方がかなり強かったので、他疾患の可能性も考慮し、後日単純CT施行するも、尿管結石、胆石ほか異常所見は認められず。初診から3日後CT結果で異常がないことを説明するも、発熱はないが、痛みは依然持続しているとのこと。再度腹部所見を取ると、前回初診時の右側腹部から、右季肋部まで疼痛範囲が広がってきており、圧痛の程度も強くなっていて、腹膜刺激症状が出てきていると思われました。客観的に炎症の程度を計ってみようと緊急採血を施行したところ、なんとWBC10500↑、CRP13.9↑とかなりの高値を示しておりました。単純CTとはいえ、何も所見がないのにこんなに高い炎症反応を示すのは何かおかしいと、きな臭さが漂いました。2009年5月から1年間川崎市立川崎病院救命救急センターで研修させていただいていた折、夜間にwalk inで来院された、20代の女性のことが思い出されました。数日前からおなかが痛くて、眠れないとの事。緊急採血で今回同様に炎症反応が高い割にはそれほど重症感がなく、CTでも有意な所見なし。消化器、泌尿器科疾患を除外され、最終的に婦人科に引き渡された後、性交渉の既往と淋菌、クラミジア感染が発覚し、後日腹腔鏡下に肝表面に膿瘍の付着が認められ、Fitz-Hugh-Curtis症候群と診断された症例。まさに、今回も同様の症例であると判断し、患者さんに最終性交渉の時期を聴取したところ、腹痛が発症する1か月前に付き合っている彼氏との性交渉があったとの事。すぐに紹介先の婦人科に逆紹介したところ、淋菌、クラミジア感染が陽性であり、消化器センターコンサルトの上腹腔鏡下に肝表面の膿瘍付着が確認され、Fitz-Hugh-Curtis症候群であったとお返事がありました。救命救急で経験していなければ、まず鑑別診断には挙がって来ず、患者さんはどうなっていたかと思うと、ほんと恐ろしいです。

この画像は、腹腔鏡下に撮影されたもので、向かって左側が正常な肝臓と腹膜との位置関係を示しております。向かって右側が肝臓と腹膜との間にネバーっと糸を引いているクラミジアや淋菌から発生した膿瘍です。見るからに粘調度が高く、炎症の程度も強いことがうかがわれますね(線維性癒着:Violin-strings-adhensionという特徴的な所見のようです):ネバーっとした膿瘍がまさにバイオリンの絃の様ですよね?

最近は、当院におけるSTI(性行為感染症)のうち、症状がはっきりしている淋菌感染症はめっきり少なくなり、全体の1割程度しかお目にかかる機会が無くなりました。代わって、クラミジア、マイコプラズマ、ウレアプラズマ感染が大半を占めるようになってきております。これら後者3種は男性においてでも、いずれもほとんど症状がなく、パートナーが陽性だから来院した、なんとなく排尿時の違和感やむずがゆさがある、など淋菌感染の様な激烈な痛みや膿の排泄がほぼ無いことが特徴です。顕微鏡レベルでも尿中白血球が認められない事も多々あり、最終的には PCR法での診断に委ねられます。
また、oral sex後に咽頭痛などで受診され、咽頭から検出されるケースも珍しくなくなりました。

【女性の骨盤部の解剖】
女性は尿路(膀胱-尿道)と生殖器(卵巣-卵管-子宮-膣)とは両者交わることなく隔絶されております。そのため、生殖器内に細菌が存在していても、排尿時に何も症状は伴わないため、不顕性感染のまま放置されてしまい、発見が遅くなる理由になります。


特に女性は男性と違い、尿路(膀胱ー尿道)と生殖器(膣、子宮、卵管)は隔絶されており、排尿しても症状は出るはずもなく、感染しても放置されやすく、今回のように細菌が腹腔内までおよび重症化してしまうケースが起こりうるわけです。
淋菌、クラミジアは保険適応であるため、男女問わずみなさん調べることに抵抗はないようですが、マイコプラズマおよびウレアプラズマは現在保険適応外であるため、自費診療であることを告げると精査を希望されなくなります。女性はそれでも調べて不安を払拭させたい、万が一感染していたら、重症化したり、将来卵管炎から卵管狭窄を引き起こし、不妊症の原因になってしまうことを恐れて積極的に自費でもマイコとウレアを調べようとします。早く国の方でこれら両者を保険適応にしてほしいものです。

【男性の骨盤内の解剖】
男性は尿路(膀胱-尿道①)と精路:精液(精子)の通り道(精巣-精巣上体②-精管-精嚢腺-前立腺)は最終的に尿道で合流するため、尿道内に細菌が宿っていると排尿時に気が付きやすいため、発見が早くなる理由になります。

性病:性行為感染症(STI)は早期に発見されれば耐性菌の問題はあるにせよ、抗生剤でしっかり根治できる疾患です。仮に感染しても、男性は尿道炎、前立腺炎、精巣上体炎など女性と違い、尿路と生殖器は尿道で一緒になるため、排尿時になんらかの症状が出ますし、卵巣と違って精巣は身体の外にぶら下がっているので発見が早く、重症化せずに済みますが、女性は冒頭のFitz-Hugh-Curtis症候群や不妊症など、たかが性病されど性病、放置してしまった際の代償は大きいです。大切な女性の将来を守るためにも、男性陣は淋菌、クラミジアだけでなく、積極的にマイコプラズマ、ウレアプラズマの検査も実施するよう心がけましょう!!