先日30代の男性が3日前からの下腹部痛を主訴に当院受診されました。1年ほど前にも同様の症状があり、近医泌尿器科受診して膀胱炎と診断されて抗生剤を服用し、症状緩解したとのこと。その際に飲み残していた抗生剤を再度服用したが、症状が治まらないために来院された様です。
初めは微熱もあったとの事でしたが、来院時には36.6℃と解熱しており、抗生剤服用により一時的に解熱しているものと考えました。(1年前の同様の症状は、今になってみれば膀胱炎ではなく初発の急性虫垂炎ではなかったかな?と考えてしまいます)
初診時理学的所見上では、臍部と右上前腸骨棘とを結ぶライン上の1/3上前腸骨棘側にあるMc Burneyの圧痛点を押してみると、強い痛み(圧痛)が認められました。また、Blumberg徴候(押して離したときの反跳痛)も認められており、いわゆる教科書的な急性虫垂炎(盲腸)の典型的な所見を呈しておりました。さらに腹部全体を触診しましたが、筋性防御(defence徴候)は認められず。腹膜炎や虫垂穿孔等の所見は認められず。
【腹部理学的所見】Mc Burneyの圧痛点に圧痛と反跳痛を認めた。
【腹部立位x-p】二ボー形成やfree airは認めず。
腸蠕動はやや低下しているようでしたが、腹部立位x-p上では二ボー像や横隔膜下にfree air等は認められておりませんでした。食欲は極端には低下していないとのことでした。また、疼痛部位の右下腹部にエコーを当ててみると、明らかに腫大していると思われる虫垂らしきmass lesion(腫瘤形成)が認められておりました。
【腹部超音波像】右下腹部の圧痛部位に一致して、腫大した虫垂と考えられる所見
緊急採血の結果もWBC16150↑、CRP14.97↑とかなり高い炎症反応を呈しておりましたので、緊急手術の適応も視野に入れて、CT画像等の追加検査もお願いするために近隣施設へご紹介する運びとなりました。17時過ぎであったため、1か所断られて、何とか2件目に打診した施設で受け入れてもらいました。
後日CT画像を拝見したところ、回盲部付近は虫垂の腫脹と壁肥厚像、膿瘍と一塊になっており、広範囲に病変は及んでいました。
【骨盤部CT画像】腫大した虫垂と膿瘍形成されて一塊となった回盲部
一昔前までは、急性虫垂炎と言えば、ほぼ全例緊急手術となっていましたが、最近はinterval appendectomy(待機的虫垂切除術)といって、一旦抗生剤投与と絶食と補液にて保存的加療を行い、炎症が上手く沈静化すれば一旦退院として、後日改めて手術をする方向になってきているようです。今回の患者さんも同様に1週間入院での保存的加療を施行し、うまく炎症反応が沈静化したため退院され、以降は普通に日常生活を送られており、3か月後に再度CT施行と大腸内視鏡を行った上で手術療法を行う予定となっているようです。
以前、当院かかりつけの高齢男性患者さんから、奥さんが夜からお腹を痛がっているから今から連れてきて診てもらえないか?と打診され診察したところ、今回と同様に右下腹部の圧痛とエコーによる回盲部の腫瘤形成をきたしており、炎症反応もかなり高値であったため、近隣施設へご紹介したところ、虫垂癌(回盲部癌)であった例がありました。interval appendectomy(待機的虫垂切除術)の意義についてはまだまだ議論の余地がある様ですが、保存的加療を先行して待機的に手術することの意義としては、1つに膿瘍形成された炎症部位をなるべく縮小して切除範囲を限局して侵襲を小さくすること、残存膿瘍による再発、再手術を極力回避したい事、そして、もう一つとして悪性腫瘍の合併が一定数存在することから、今回の様に大腸内視鏡を術前に行い悪性腫瘍を否定しておくことの重要性がある様です。
今回は泌尿器科疾患ではなく、他科領域の疾患ではありましたが、常に腹痛の場合は自分の専門領域をまず見極め、否定された場合には鑑別診断として頻度の高い他科疾患を念頭に置いて診療していくのは当然の事とはいえ、今回も何とか間違いない診断で事なきを得ることができてホッとした症例を経験させて頂きました。