服薬コンプライアンスとアドヒアランスについて、日常診療の現場で遭遇する場面と照らし合わせて解説します。 服薬コンプライアンスとアドヒアランスについて、日常診療の現場で遭遇する場面と照らし合わせて解説します。

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服薬コンプライアンスとアドヒアランス

医療現場においては、体調不良を抱えて患者さんは病院に来院されますが、その患者さんの診断から治療までは専門家である医師が主導で行います。しかし、治療方針の決定自体は全てが医師主導ではなく、医療現場での主役は当事者である患者さんであるわけですから、医師は検査や処方、手術の必要性について詳しく説明した上で、患者さんがリスクとベネフィットを天秤にかけて、治療方針の最終決断をしていかなければなりません。

で、コンプライアンスとは・・・・?。
法令順守とも言われており、とにかく決められた社会的ルールを守る事、を意味しています。一昔前までは、医師が治療方針を決定し、先生がおっしゃるならその方針でどうぞよろしくお願いします、というふうに医師に患者さんがほぼ従うという、医師と患者には主従関係が構築されていました。
それに対して、アドヒアランスとは・・・・?
固守や支持という意味を持っているようですが、今ひとつピンときませんね。医療の現場に置き換えるなら、医師と患者の構図が主と従の関係性ではなく、対等でありかつ、患者さん自身が受け身になるのではなく、自身の病態に対し、自らが病態を理解し、また今後の将来の人生観なども踏まえた上で前向きに治療に向かっていこうとする考え方です。今の時代はそういったインフォームドコンセント(説明と同意)は必要不可欠であり、医師が勝手に治療方針を決定する事はあり得なくなりました。最終決定は患者さん自身が行うことで、治療後の満足度の向上がはかられ、また、自らが選択したものであるがゆえに、後悔の念に駆られることは減っていくと考えられます。そして、訴訟を起こす頻度も減少しているはずです。
今回、このコンプライアンスとアドヒアランスの概念を服薬という点に絞って考えてみると、当院では泌尿器科と内科を標榜していますが、傾向として泌尿器科の内服薬はいつまで飲めばいいんですか?と聞かれることが多いものの、生活習慣病(高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症etc)の内服薬についてはあまり服薬期間について聞かれません。いったいなぜなんでしょうか?
私がそういった質問を受けた場合には、正直にこう答えます。泌尿器科疾患の中での排尿障害(下部尿路障害:LUTS)は、大半が加齢性の変化で起こっている症候群であるため、年齢と共に進行していくものですと。要は膀胱の排尿筋が硬くなり(コンプライアンスの低下:ここでも膀胱の筋肉の柔軟性をコンプライアンスといって、また別の意味でつかわれておりますが)、うまく蓄尿できなくなって、いわゆる過活動膀胱(OAB)として、急激な尿意(尿意切迫感;urgeny)を模様したり、トイレまで我慢できずに漏れてしまう(UUI;urgency urinary incontinence)などの症状にみまわれます。
また、前立腺肥大も同様です。正常大は約20ml(よくクルミ大などと直腸診上表現されます)ですが、この前立腺も、小児の夜尿症のお子さん達をエコーで計測すると約1-2ml程度です。精巣から分泌されるテストステロンの代謝産物であるDHT(ジヒドロテストステロン)が前立腺の肥大を招く要因となっていて、50歳台から徐々に20mlを超えてくるあたりから、いわゆる前立腺肥大症(尿勢低下、夜間頻尿、尿意切迫感や切迫性尿失禁etc)の症状が現れてきます。
これらの排尿筋のコンプライアンスの低下や前立腺肥大は器質的な変化といって、もう若かりし頃の排尿筋の柔軟性や前立腺のノーマルサイズには戻らない不可逆的な変化をきたしているわけです。これらは加齢(=動脈硬化による血流障害)によって引き起こされている現象です。という事は実質排尿障害とはうまく付き合っていくものであって、対峙して治しにかかる疾患ではないという事です。そうすると、前述した患者さんに問われた排尿障害にかかわる内服薬は終了する期限はなく、症状緩和のための対症療法であるため、継続して服薬していくものという事になります。(ただし、患者さんが一旦やめてみて様子を見たい、服薬するのがストレスだ、と感じる方は生きる死ぬの病態ではないため、無理して続けずにまた症状が悪化したら再開しましょうと終診にします。これも、患者さん自らが決めた服薬に対するアドヒアランスであり、尊重してしかるべきべきです)
かたや生活習慣病はどうでしょうか?人生50年時代の栄養失調で亡くなるような時代では生活習慣病なんてなかったはずですよね?一部の金持ちは別として。そう、生活習慣病というのは、別名”ぜいたく病”ですから、物が有り余っている豊かな現代社会特有の”皮肉な病(やまい)”という事になります。すなわち、生活習慣病は器質的な要因ではなく、生活習慣が乱れた(食べ過ぎ、飲みすぎ)結果肥満になり発症するわけですから、生活習慣を改めて、やせれば治る疾患なんです。でもなぜか、患者さん達は生活習慣病の薬は何の疑問も持たずに何年、何十年と服薬されているケースが多く見受けられます。ほんと、日々診療していて一分一秒を争う中で、患者さんのためにと上記の内容を話してもみなさん今ひとつピンと来ていない方々がほとんどなんです、悲しいことに。患者さんの中には、”だって、主治医の先生が血圧や糖尿病、高脂血症の薬は飲み始めたら一生飲まなきゃいけないって言うんですもん”と何の疑問も持たずにおっしゃる方もいます(このケースは完全にコンプライアンス状態ですね)。薬の切れ目が縁の切れ目、という事なんでしょうかね?私も内科を標榜しているので、生活習慣病の薬は処方しておりますが、必ず毎回の診療では診察前に血圧測定をし、また自宅での血圧と、体重を聞いて確認し、数か月ごとの採血結果とを照らし合わせて、服薬中の薬をいかに減らしていけるのかを常に考えています。数年前に残薬による医療費のムダが60億円という報道がありましたよね。また、血圧が高い方や血糖値の高い方、コレステロールや中性脂肪が高い方には採血データから服薬のタイミングと判断してもすぐには処方せずに、まずは痩せることこそが、薬以上の特効薬なんですよ、とBMI<25を目指すように食事と運動の指導を行います。それでもなかなか痩せられない方に対しては、いずれ目標体重まで痩せられたら、薬はやめられますから、それまでの危険(心血管イベント)回避のために一時的に処方しますので、ありがたがって何の疑問持たずに、だらだらと薬を飲み続けるような事はしないようにしましょうね、といってしぶしぶ処方します。処方する側の医師も、処方したら一生飲み続けるなんてことは言わずに(というか、そんなこと言ってはならない!)、努力次第でいつでも薬はやめられるんです、”今回の薬はやめるために始めるんです”という物言いで、薬を飲まなくてもいい健康的な体作りを目指していくべきですよね。
あ、排尿障害の薬は、生活習慣病と違って、基本やめたら症状は元に戻ってしまうか、悪化してしまうので飲み続けるべき疾患ではありますが、血流障害が改善する気候の良い春先から秋口までは一旦休薬して、また寒くなってから再開するという飲み方もあるので、そういった提案も患者さん側に提供して、服薬アドヒアランスの向上を目指していきたいですね。