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精巣腫瘍

先日、50代の男性が1か月前から左睾丸が硬くなってきているとの事で当院を受診されました。理学的所見上左精巣には硬結を触知するも、圧痛などはなし。右精巣は硬結は触知されず。明らかに精巣の硬さに左右差あり。精巣の大きさには左右差なし。精巣エコーを施行してみたところ、左精巣内部には比較的境界明瞭な低エコー領域を認めており、カラードップラーにおいては血流が多く映し出されており(hypervascularity)、正常組織の右精巣超音波画像とは明らかに違っており、左右の違いは一目瞭然でした。

                                                             
精巣腫瘍は進行が早いため、発見されてからは準緊急扱いで摘出手術をすることが推奨されております。そのため、すぐさま紹介状を作成し、希望する施設へご紹介させていただいたところ、後日お返事があり、CTでの全身検索を行った結果、幸い遠隔転移なし。左高位精巣摘除術を施行したところ、病理結果はセミノーマ(精上皮腫)で、pT1(脈管侵襲を伴わない精巣および精巣上体に限局する腫瘍。浸潤は白膜まで、鞘膜には浸潤していない腫瘍)とのことでした。精巣腫瘍は比較的早期から遠隔転移をきたすことが知られており、悪性度が高いことも特徴の一つです。精巣腫瘍ガイドラインに掲載されている精巣腫瘍アルゴリズムにおいては、今回のような遠隔転移のないstageⅠにおいて術後のあり方として3つの選択肢が掲載されています。1つは経過観察(サーベイランス)、2つ目は傍大動脈領域に20-25Gyの予防放射線照射、3つ目はカルボプラチン単剤投与での1-2コースと記載されています。この方は、術後後療法(アジュヴァント)として、カルボプラチン単剤投与を1コース行ったようです(2コース目も検討中とのこと)。前述に記載した通り、悪性度が高い特徴を持つ精巣腫瘍であるがために、経過観察がなされた際の再発率は15-20%認められるため、限りなく再発率を低下させる目的で選択されたようです。しかし、経過観察、放射線照射、カルボプラチンのいずれかを選択したとしても、どの選択肢にも利益と不利益があるが、最終的な疾患特異的生存率、全生存率に差がないことから、現在欧米では、特にヨーロッパのガイドラインでは経過観察を第一選択としているようです。このことは、stageⅠのセミノーマ患者に一律に補助療法(アジュヴァント)を行うにあたり、80-85%の患者に不利益な治療を行うこと、さらにいずれの補助療法を行っても4-5%で再発すること、長期経過観察が必要なこと、放射線照射による二次癌の可能性があること、カルボプラチン投与の長期的な合併症(二次癌や心血管疾患)の増加が不明なことなどを考えると、まず経過観察を選択肢として勧めて良いと考えられると記載されております。以前、NTT東日本関東病院に勤務していた頃、精巣腫瘍stageⅠの30代の患者さんに予防照射を行った際にかなり強い骨髄抑制が起こり、白血球が正常化するまでに大変な思いを経験したことがあります。よって、私が患者であった場合、または主治医であった場合には、まずはサーベイランス(経過観察)を選択すると思いますので、今回ご紹介した患者さんの場合は主治医の説明から、限りなく再発率を下げたいという意思が強かったためにカルボプラチン投与というアジュヴァント療法を選択されたのだと思います。精巣腫瘍は10万人あたり1-2人と比較的稀な疾患であり、最大のピークが20-30歳台、50%が転移を認めないstageⅠのセミノーマ(精上皮腫)で発見されるようです。精巣腫瘍は初診時の診断がすべてで、今回のように触診と超音波でほぼ診断が確定します。通常は無痛性の精巣腫大を主訴で来院されるケースがほとんどですが、急激に増大する精巣腫瘍は、精巣白膜が急激に伸展することにより、たまに陰嚢痛を主訴に来院されるケースもあり、症状から炎症性疾患や精巣捻転との鑑別も必要になる場面もあり、注意が必要です。今回は50代の方であり、悪性リンパ腫も鑑別診断として挙げられましたが、結果はセミノーマでした。今後、再発や遠隔転移を来たさず、元気に過ごされることを願ってやみません。