外傷性腎損傷について、解説しています。 外傷性腎損傷について、解説しています。

診療ブログ
BLOG

外傷性腎損傷

先日、階段から足を滑らせて転落した際に、左側腹部を強打した後肉眼的血尿が出現したとのことで来院された30歳台の男性。あまりにも痛みが強かったため、始めは整形外科を受診されたようですが、骨には異常がないとの事でした。肉眼的血尿が出現したということは、尿路に損傷が及んでいることの証であるため、それが腎臓なのか、尿管なのかを確認しなければなりません。そのためには造影CT検査が必須になりますが、その必要性を確認するためにはまず尿路エコーを行う必要があります。ただ、エコーの弱点は尿路のうち、腎臓と、尿が溜まった状態での膀胱は映し出されますが、尿管は通過障害を起こしている病的な尿管(水尿管)以外は映し出されないところです。まずは腹部理学的所見を取ったところ、皮下出血は特に認められず。ただ、触診上右側腹部に比して左半身が全体にhardな印象で、圧痛著明でした。尿路エコーを施行したところ、左腎下極周囲に低エコー領域が認められており、カラードップラー所見でも腎周囲に存在しており、血腫の印象を受けました。

(左腎下極に存在する低エコー領域。血腫の存在を強く疑いました。)

エコー所見だけでは腎損傷の程度は把握できないため、すぐに近隣施設に連絡し、緊急CTをお願いしました。この時点では徒歩で来院されており、重症感はなかったため公共交通機関を利用しての受診となりました。その後、紹介先の放射線科Drから連絡が入り、単純CT上ではあるが腎周囲にかなりの血腫形成があるので、そちらに帰すか当院で入院させた方がいいかとの事。今後バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸状態、発熱etc)が急変する可能性やショック状態になりかねないことを想定すると当院に戻っても何にもメリットがないため、そのまま放射線科の母体である総合病院に入院経過観察の方針となりました。今後はすぐに情報量を豊かにし、損傷の程度を評価するために造影CTを行い、保存的加療か塞栓術(TAE:経動脈的カテーテル塞栓術)、もしくは外科的手術療法になるかを検討していくことになります。放射線科からの連絡を受けて、公共交通機関で患者さんを検査に向かわせてしまったのは軽率であったかもしれないと、反省させられた症例でした。数日後、造影CTの結果が送られてきて、損傷の程度を読影された所見では日本外科学会(JAST)の腎損傷分類2008によると、Ⅲa(単純深在性損傷)H2(Gerota筋膜を越える血腫の広がり)U2(Gerota筋膜を越える尿漏の広がり)という結果で、中等症から重症の位置に属している結果でした。


(左腎下極の損傷部位と、腎周囲に広がる血腫と尿漏)

治療方針としては、手術療法、保存的加療、TAE(経動脈的カテーテル塞栓術)の3つの選択肢があります。今回は、入院加療の上、バイタルサイン、貧血の進行具合等を総合的に評価し、大きな変動をきたさなかったため、保存的加療に徹し、数日入院の後退院することができました。
腎損傷は泌尿器生殖器外傷の中で最も多い疾患です。腎損傷は鈍的外傷と穿通性外傷に分けられていますが、日本では銃刀規制が厳しく穿通性外傷はまれであり、ほとんどが今回のような鈍的損傷です。今回は、徒歩で受診されたケースで、一見重症感のない症例でしたが、フタを開けてみると結構な損傷の程度であり、保存的加療でなんとか乗り越えられたものの一歩間違えばショック状態になり何らかの外科的処置やインターベンションセラピー(血管内カテーテル治療)等が施行されてもおかしくない状況でした。通常の一般クリニックにおいても気を抜けない今回の様な症例もあることを経験し、身の引き締まる思いをしました。一人一人の患者さんに対し、細心の注意を払って今後も診療に徹していかねばと改めて思い知らされた貴重な経験をさせていただきました。